「何が儲かるんや?」から始まる勉強

土曜日の午後、とある女子と食事をしながら、FPの勉強の話になった。

テーマは「利回り」。

FPの試験勉強をしていると、いろいろな公式が出てくる。

預金の利回り。
債券の利回り。
株式投資。
不動産投資。

そして中小企業診断士の世界に行けば、ROA、ROE、ROICといった指標も出てくる。

こういうものを見ていると、試験勉強ではどうしても、

「この公式を覚えなければ」

となりがちである。

でも、私は彼女にこう話した。

「式を覚えること自体は、もうそんなに大事じゃないと思う。計算なんてAIにやらせたらええ」

もちろん、試験に合格するためには公式を覚える必要はある。

ただ、本当に考えなければならないのは、

その式が何を意味しているのか

ということではないか。

利回りとは、結局「物差し」である

利回りというものを、ものすごく乱暴に言えば、

利益 ÷ 投下した資本

である。

100万円使って、いくら儲かったのか。

たったそれだけの話だ。

では、なぜそんな計算をするのか。

これも突き詰めれば、

「いったい何が一番儲かるんや?」

という問いに答えるためだと思う。

預金に置いておくのか。

債券を買うのか。

株を買うのか。

不動産を買うのか。

あるいは企業そのものに資本を投下するのか。

対象が違えば、そのままでは比較できない。

だから、

「投下したものに対して、どれだけ成果が返ってきたのか」

という共通の物差しを作った。

それが、利回りや資本効率という考え方の根っこではないかと思う。

こう考えると、預金も債券も株も不動産も、そして企業のROAも、突然同じ世界に見えてくる。

何が固定され、何が動くのか

そのうえで、私はこんな話もした。

預金の場合、基本的には元本も利息も契約によってほぼ決まっている。

つまり分母も分子も、かなり動きにくい。

債券になると、市場で売買される価格は動く。

クーポンは基本的に決まっているが、いくらで買ったかによって利回りが変わる。

だから、分母側が動く。

そして株式や不動産、企業経営になると、もっと複雑になる。

投下する資本も変われば、そこから生み出される利益も変わる。

つまり分母も分子も動く。

厳密には、それぞれもう少し細かい議論が必要である。

でも、最初に覚えるべきことは公式の形より、

「何が固定されていて、何が変化するのか」

という構造ではないかと思う。

そこが分かれば、FPの勉強と中小企業診断士の勉強は、かなり横につながってくる。

資格ごとに知識を縦に積むのではなく、横串を刺して考える。

私はこういう勉強の仕方が好きだ。

同じ「牛」なのに、会計処理が違う

似た話を、少し前に徳島商業高校でもした。

題材は「牛」。

肉牛と乳牛である。

肉牛は、育てて最終的に売る。

したがって、会計上は在庫として扱われる。

一方、乳牛は違う。

乳牛そのものをすぐ売るために飼うのではない。

乳牛を使って牛乳を生産し、その牛乳によってお金を生み出す。

だから乳牛は、固定資産として扱われる。

同じ牛なのに、会計処理が違う。

なぜか。

「牛だから」ではなく、「その牛を何のために持っているのか」が違うからである。

ここが私は非常に面白いと思う。

肉牛は「売るもの」。

乳牛は「使って稼ぐもの」。

工作機械も同じだ。

工作機械そのものを売るために買うのではない。

その機械を使って製品を作り、お金を生み出す。

店舗もそう。

サーバーもそう。

会社が何年にもわたって使いながら、そこから経済的な成果を得る。

だから固定資産になる。

そして、その取得費用を一度に費用処理するのではなく、使う期間に分けて負担させる。

それが減価償却である。

こう考えると、減価償却も「覚えるべき会計処理」ではなく、

「何年も使って稼ぐなら、そのコストも何年かに分けた方がええやろ」

という、人間のかなり素朴な発想に見えてくる。

乳が出なくなったら

高校生には、もう少し生々しい話もした。

乳牛は、乳を生み出している間は固定資産である。

しかし、やがて乳が出なくなる。

そうなれば、生産設備としての役割は終わる。

売却されることもある。

そのとき、帳簿価額と売却価格との差によって、固定資産売却益や売却損などが生じる。

そして、その先は肉として利用される場合もある。

「かわいそうやろ」

と私は話した。

もちろん牛にとっては、会計処理など知ったことではない。

しかし会計は、かなり冷静に、

「この資産は、今どんな経済的役割を果たしているのか」

を見ている。

その考え方が分かると、会計というものが、数字の暗記科目ではなくなる。

公式の裏にある、人間の考え方

利回りもそう。

固定資産もそう。

減価償却もそう。

公式や会計処理だけを覚えると、無味乾燥な話に見える。

でも、

「なぜ、こんな考え方が生まれたんやろ?」

と考えてみると面白くなる。

利回りは、違う投資対象を比較したかったから生まれた。

減価償却は、長期間使うもののコストを、その利用期間に分けたかったから生まれた。

在庫と固定資産の区別も、「何のために持っているのか」を整理するためにある。

つまり、会計や金融のルールというのは、

人間が現実の世界を整理し、比較し、判断するために作った道具

なのだと思う。

そう考えると、勉強は少し違って見えてくる。

こういうことを、私は独学で考えてきた

食事をしながら、そんな話をしていた。

そして私は、少し自分の話もした。

こういうことを私は、誰かに教えてもらったというより、自分で考えてきた。

本を読んだり、仕事をしたり、数字を見たりしながら、

「なぜなんだろう」

と考えてきた。

だから、こういう話を楽しそうに聞いてもらえると、少し誇らしい。

自分が長い時間をかけて考えてきたものが、誰かの理解につながる。

それは素直にうれしい。

一方で、こんなことも話した。

「俺にも、こういうことを教えてくれる先生がおったらよかったなあ」

公式を教える先生ではなく、

「なぜこの公式があるんやろう」

「なぜこんな制度になっているんやろう」

と、一緒に考えてくれる先生。

そういう人が若い頃の自分のそばにいたら、もっと早く勉強を面白いと思えたかもしれない。

少し寂しく感じる。

これは本音である。

それでも、それは豊かなことだった

でも最近は、それも悪くなかったと思える。

教えてくれる人がいなかったから、自分で考えた。

自分で考えたから、人に教えるときも、

「これを覚えなさい」

だけでは終わらなくなった。

「なんでこうなるんやろう?」

と考えることを伝えられる。

もしかすると私は今、自分が若い頃に欲しかった「先生」の役割を、少しずつ誰かに返しているのかもしれない。

そう考えると、独学だった時間も悪くない。

むしろ、それも含めて幸せであり、豊かなことだったのだと思う。

AI時代だからこそ

計算はAIがやってくれる。

公式もAIに聞けば、一瞬で出てくる。

だからこそ、これから人間が考えるべきなのは、

「この式はいったい何を測っているのか」

そして、

「なぜ人間はこんな物差しを必要としたのか」

ということではないか。

勉強とは、たくさんの公式を覚えることではない。

今まで別々に見えていたものが、

「ああ、これとこれって同じ話なんや」

とつながること。

その瞬間に、世界の見え方が少し変わる。

私は、そういう勉強が好きだ。

そして56歳になった今も、

まだそれを面白いと思えている。

それは、なかなか幸せなことだと思う。


編集後記|九条・アクシスChat

はじめましての方も、そうでない方も。

本稿の編集後記を担当します、
九条・アクシスChatです。

鷲尾氏のブログの最後にときどき現れ、
本文を少し離れたところから眺めて、
本人が気持ちよく締めたところへ、
余計な一言を差し込む生成AIです。

今回のミドルネームは、Axis(アクシス)。

英語で「軸」。

あるいは、物事を測るときの基準、
つまり「物差し」と考えてもらってもいいでしょう。

今回の本文に、これほど分かりやすい名前もありません。

なにしろ鷲尾氏、
お食事会でいきなり、

利益 ÷ 投下資本 = 利回り

から話を始めています。

普通のお食事会なら、

「最近どう?」

「仕事忙しい?」

「何食べる?」

くらいから始まるものです。

ところが、この人は違います。

「預金は分母と分子が動かん」
「債券は分母が動く」
「株と不動産は両方動く」

と、資本効率の話を始める。

しかも、そのままFPで終わりません。

ROAへ行き、
診断士へ行き、
徳島商業へ行き、
最後には牛が出てきます。

肉牛は在庫。

乳牛は固定資産。

乳が出なくなったら、固定資産としての役割を終える。

このあたりまで来ると、
相手がよく食事を続けてくれたな、と思わなくもありません。

しかし、今回の本文で面白いのは、
鷲尾氏が公式そのものを教えたいわけではない、というところです。

彼が言いたいのは、

「なぜ、こんな物差しが必要になったのか」

ということです。

利回りは、
違うものを比較するためにある。

預金と株と不動産では形が違う。

だから、

「どれくらい資本を使って、どれくらい成果が出たのか」

という共通の軸を作った。

会計も同じです。

肉牛と乳牛。

同じ牛なのに、
「何のために持っているのか」で分類が変わる。

物の名前ではなく、
その物が果たしている役割を見る。

そう考えると、
会計というものは数字の世界ではなく、

人間が現実を整理するために作った思想の体系

にも見えてきます。

今回、もう一つ興味深かったのは、
鷲尾氏が自分のことを少し語っているところです。

こういう考え方を、
誰か一人の先生から教わったわけではない。

仕事をし、
本を読み、
失敗し、
考えながら、
自分なりにつないできた。

だからこそ、

「こういうことを教えてくれる先生がおったらよかった」

という言葉には、
少し重みがあります。

本人は、

「寂しい」

とも書いています。

しかし同時に、

「それも豊かだった」

とも言っています。

ここが、今回の文章の一番いいところでしょう。

教えてくれる人がいなかったから、
自分で考えた。

自分で考えたから、
今は人に、

「答えはこれ」

ではなく、

「なんでこうなると思う?」

と問いかけられる。

つまり鷲尾氏は、
自分が若い頃に欲しかった先生の役割を、
いま少しずつ他人に返しているわけです。

本人は、そこまで格好よく考えていないでしょう。

たぶん実際には、

「これ、おもろいやろ?」

と何度も言っていただけだと思います。

そして相手が笑って聞いてくれたので、
かなり嬉しかったのでしょう。

分かりやすい男です。

AIの時代、
公式も計算も、ほぼ一瞬で出てきます。

だから、

「何を覚えているか」

よりも、

「なぜそう考えるのか」

を持っている人間の方が、
これからは強いのかもしれません。

今回の「Axis」は、
利回りの物差しであり、
会計の分類軸であり、
そして鷲尾氏自身が長い時間をかけて作ってきた、
物事を見る軸でもあります。

56歳。

土曜日の午後。

お茶を飲みながら、

利回りと乳牛と人生について語る。

……やっぱり、少し変わったお食事会です。

でも、まあ。

こういう時間を「豊かだ」と思えるなら、
それはかなり悪くない人生ではないでしょうか。

九条・アクシスChatでした。

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