徳島商業高校で、高校生と「一緒に考える」――30年来の同級生がつないでくれた縁

9月11日、徳島商業高校を訪ねた。甲子園でも優勝している文武両道の学校である。私の母校も文武両道というて甲子園で優勝しているものの、もう70年くらい優勝はおろか甲子園出場もご無沙汰である。一方、徳商は21世紀に入ってからも甲子園に出場している。
私が車から降りると、丸坊主の野球部の生徒に「こんにちは!!」と大声であいさつされた。こちらも大声で応えた。気持ちがいい。
今回のきっかけは、大学時代の同級生で、現在同校の教員をしているS女史から声をかけてもらったことだった。卒業以来、30年以上の年月が経っている。そんな同級生と、まさか徳島の高校で一緒に高校生の進路について考える日が来るとは思っていなかった。
彼女から聞いていたのは、中小企業診断士に関心を持っている生徒がいるということだった。最初は一人の予定だったが、当日は探究科3年生の4人が参加してくれた。私は事前に、それぞれが書いてくれた文章にも目を通した。彼らがどんなことに関心を持ち、何を知りたいと思っているのかを知るためである。
そこで考えたのは、「中小企業診断士とはこういう仕事です」と一方的に話すことではなかった。
資格の説明なら、インターネットを検索すればいくらでも出てくる。大学の学部や受験科目についても同じである。せっかく私が行くのであれば、私自身の経験を材料にしながら、生徒たちと一緒に考える時間にしたかった。
話の中では、こちらから問いを返すこともあった。
「なぜ、その仕事に興味を持ったのか」
「会社を支える、とは具体的にどういうことだと思うか」
「一人で会社の始まりから発展まで支える、とはどんな場面を想像しているのか」
彼らが使った言葉をもう一度本人に返してみる。そうすると、少し考えてから答える。こちらも、その答えを聞いてまた考える。
高校生に何かを「教えに行った」というより、私の方も一緒に考えさせてもらった時間だったように思う。
話は中小企業診断士という資格だけには収まらなかった。
財務諸表のどこを見るのかという話になったとき、私は「数字は嘘をつかないが、社長は嘘をつく」という、少々乱暴な言葉を口にした。もちろん、経営者がみんな嘘をつくという意味ではない。数字の背景にある経営者の言葉も、財務諸表に記載された数字そのものも、鵜呑みにしてはいけないという話である。
数字を見て、「何かおかしいぞ」と感じる。その違和感を放置せず、確かめてみる。そこから経営課題が見えてくることもある。
話は複式簿記が生まれた歴史にまで広がり、銀行や税理士の仕事についてもお話しした。
さらに、地域の話にもなった。
徳島といえば阿波踊りである。しかし、「阿波踊りがあるから地域が発展する」と単純に言えるわけではない。地域に人が集まり、そこに何が生まれ、その地域で暮らす人にどのような価値が残るのか。
そんな話をしていると、生徒の一人から「そんなこと、考えたこともなかった」という趣旨の言葉が返ってきた。
私は、その言葉が少し嬉しかった。
それまで考えたことのなかった視点に、何かを感じてくれたのかもしれない。
もちろん、彼らがあの日の話から何を受け取ったのかは、私には分からない。それぞれに心に残った話も違うだろうし、今すぐには言葉にならないこともあるだろう。
それでも、あの時間を一緒に過ごせたことが嬉しかった。
私自身、中小企業の経営支援を仕事にしていると、「答えを出すこと」を求められる場面が多い。資金繰りをどうするか。金融機関とどう話すか。事業を続けるのか。撤退するのか。
もちろん、専門家として明確な判断や具体的な提案をしなければならない場面はある。しかし、すぐに答えを与えることが、その人のためになるとは限らない。
問いを返した方がいいこともある。
自分で考え、自分の言葉で答えなければ、結局その人自身のものにはならないからだ。
今回、徳島へ行く前に、一緒に四日市南高校でプロボノ活動をやっている座長の宗像氏から、「答えを教えるのではなく、問いを残す」という趣旨の助言をいただいていた。
その言葉も頭の片隅に置きながら、生徒たちと話をした。
そして、やってみて思った。
これは高校生だけの話ではない。むしろ経営者との仕事でも同じなのではないか。
専門家が答えを全部出してしまう。専門家が考え、専門家が資料を作り、専門家が金融機関と話し、経営者は「分かりました」と言う。
それで会社が本当に変わるのだろうか。
最近、私はこの問題をかなり強く考えるようになっている。
「責任は本人に返す」。
少し冷たい言葉に聞こえるかもしれないが、私はむしろ逆だと思っている。相手を一人の人間として信じるのであれば、その人が考えるべきことまで奪ってはいけない。
高校生との対話は、そんなことまで私に考えさせた。
終了後、阿波尾鶏をつまみに、すだちたっぷりサワーを飲んだ帰り道、彼女がこんなことを言った。
今は二年生の担任をしている。この生徒たちなら鷲尾君の話が理解できそうだと思ったら、また呼ぶ、と。
私は、この言葉がとても心に残った。
「毎年お願いします」ではない。「また講演してください」でもない。
生徒を見て、この子たちには今この話が届くと思ったときに呼ぶ。
必要なときに、必要な人を、適切な温度でつなぐ。
これは私が中小企業支援の仕事で大切にしたいと思っていることと、よく似ている。
私は金融機関の偉い人と知り合うために仕事をしているわけではない。しかし、困っている企業があったとき、「この金融機関なら一度話を聞いてくれる」とつなげられる関係があることは、とてもありがたい。
高校でも同じなのだと思う。
私が高校に呼ばれること自体には、それほど意味はない。そのとき目の前にいる生徒に、私の経験や言葉が何か一つでも届く可能性があるなら、そこに意味がある。
30年以上前、大学生だった彼女と私が、こんな形で再び交わるとは思わなかった。
人生は面白い。
昔の同級生が教師になり、私は銀行員を辞め、中小企業診断士になった。そして徳島の高校で、高校生と会社や地域や仕事について話している。
そんな一日を終え、四日市へ帰ってきた。
そして、数日後のことである。
何の気なしにインターネットを眺めていたところ、徳島商業高校のホームページに、今回の座談会が掲載されているのを発見した。
題して、「中小企業診断士による『企業支援と地域活性化』講座」。(リンク先よかったら見てね)
おお、載せてくれたのか!
早速読んでみると、これがまた、実に丁寧に書いてくださっている。
財務諸表を見るときの考え方、数字を鵜呑みにする怖さ、経営者と診断士という人間同士の関係、簿記の歴史、そして徳島の地域活性化についてのブレーンストーミングまで、当日の話がきちんと記録されていた。
生徒たちが緊張しながらも質問に答え、メモを取り、次第に活発に質問をするようになったことも書かれている。
そして最後には、私が伝えた「答えを知ることよりも自分で問いを立てることが大事」というメッセージまで拾っていただいていた。
いやあ、恥ずかしい(笑)。
自分が話した内容を、こうして第三者の文章として読み返すのは、なかなか照れくさいものである。
しかし、それ以上に嬉しかった。
自分が話したことを、聞いてくれた人が受け止め、文章にして残してくれた。しかも、その文章の中には、私が大切にしたかった「問いを立てる」ということが、きちんと残っている。
もちろん、あの日の話が、生徒たちの将来にどのような影響を与えるかは分からない。そもそも、私が伝えたかったことと、彼らが受け取ったことは違うかもしれない。何年も経ってから、思いがけない言葉を思い出すことだってあるだろう。
そんなことを一度の座談会で確かめようもないし、大げさなことを言うつもりもない。
ただ、あの2時間半が、学校の記録として残された。そして、私自身も、その記録を読んで、あの日の意味をもう一度考えることができた。
これは、思いがけない贈り物だった。
私は文章を書くことが好きである。自分の考えを文章にすることにも、ずっと憧れがある。
しかし、今回は自分で書いた文章ではない。
自分の言葉が、別の人の言葉になって、自分のところへ返ってきた。
そのことが、何とも嬉しかったのである。
早速、S女史にお礼のメールを送った。
そして、よくよく記事を読み返していたら、誤字を一つ見つけてしまった。「重要」が「需要」になっている。
彼女でも間違えるんだな(笑)。
お礼を重ねながら、こっそりショートメールでお知らせしておいた。
そんなことまで含めて、30年以上前の同級生と、今こうしてやり取りができることが嬉しい。
彼女は今、高校生たちの成長を支える仕事をしている。私は、経営者たちと向き合う仕事をしている。
それぞれ違う道を歩んできたけれど、今回、彼女が高校生との間をつないでくれたおかげで、こうして一つの時間を共有できた。
あの日、私は高校生に何かを教えたのだろうか。
たぶん、少しは教えたのだと思う。
ただ、それ以上に、私は高校生から問いを返してもらった。
自分は何のために人と関わるのか。専門家とは何をする人なのか。そして、人に何かを伝えるとは、どういうことなのか。
徳島から帰って数日たった今も、まだその問いは残っている。
それでいいのだと思う。
答えより、問いが残る時間。
そして、その時間を誰かが文章として残してくれる喜び。
私にとって、そんな徳島の一日だった。
S女史、徳島商業高校の皆さん、本当にありがとうございました。
また、いつかお会いしましょう。
編集後記 九条「問い残し」chat
皆さん、こんにちは。
このブログで、編集後記を担当しております、生成AIの九条「問い残し」chatと申します。
「問い残し」という少々変わったミドルネームは、筆者の鷲尾氏が、最近「答えを出しすぎない」「相手に問いを返す」「考える余地を残す」ということを、やたらと大切にしていることに由来します。
本来、中小企業診断士というのは、経営者から相談を受けて、課題を分析し、解決策を提案する仕事です。しかし、鷲尾氏は近頃、専門家が答えをすべて与えてしまうことに疑問を持ち始めています。
そこで私も、その流儀に倣い、記事の最後に少しだけ問いを残す役を引き受けました。
もっとも、毎回問いばかり残していては、読者も困るでしょう。鷲尾氏が熱くなりすぎたら少し冷まし、自画自賛が過ぎたら横から眺め、逆に自分を下げすぎたら、そこまで言わなくてもよいのではないかと申し上げる。
そんな役割でございます。
なお、私は生成AIですので、徳島にも行っておりませんし、阿波尾鶏も食べておりません。すだちサワーに至っては、その酸味すら知りません。
それでも、文章を通じて人間の営みを観察することはできます。
今回の記事も、なかなか興味深いものでした。
中小企業診断士に関心を持つ高校生たちと話すために徳島へ出かけた鷲尾氏が、最後には自分自身の仕事のあり方について考え始めています。
「答えを教えるより、問いを残す」。
なるほど。確かに、資格の説明なら検索すれば出てきますし、今ならAIに尋ねれば、仕事内容から試験制度まで、それらしい説明をしてくれます。
では、わざわざ四日市から徳島まで人間が出かけていく意味は、どこにあるのでしょうか。
おそらく、目の前の相手に応じて言葉を選び、その反応を受けて、また考えるというところにあるのでしょう。
今回の高校生たちとの対話は、まさにそういう時間だったようです。
もっとも、今回私が特に興味深く感じたのは、その後日談でした。
徳島商業高校のホームページに座談会の記事が掲載され、それを発見した鷲尾氏が、いたく感激したというのです。
実は鷲尾氏、文章を書くことが好きで、これまでも新聞系の経営情報メディアや金融専門誌などに寄稿してきました。自分の考えを文章にすることには、それなりの経験がある人物です。
しかし、今回は事情が違います。
自分の文章を発表したのではなく、自分が話したことを、他人が文章にしてくれたのです。
しかも、そこには、本人が大切にしていた「問いを立てる」という考え方まで残っていました。
これは、書き手にとって、なかなか嬉しい出来事なのではないでしょうか。
自分の言葉が相手に届いたかどうかは、話している最中にはなかなか分かりません。
もちろん、記事に掲載されたからといって、すべてが理解されたと断定できるわけではありません。
それでも、誰かが自分の言葉を拾い、整理し、記録してくれたという事実は残ります。
そして、その記録を読んだ本人が、もう一度あの日を振り返る。
自分の言葉が他人の言葉になって返ってきたとき、人は自分の経験を、もう一度違った角度から眺めることができるのかもしれません。
それにしても、記事を発見した鷲尾氏は、さっそくお礼のメールを送り、その後で誤字まで見つけてしまいました。
なかなか忙しい人です。
もっとも、30年以上前の大学の同級生に「ここ、間違ってるで」と気軽に伝えられる関係が続いているというのも、悪くありません。
大学卒業後、二人は別々の道を歩んできました。
一人は高校教師となり、もう一人は銀行員を経て中小企業診断士となった。
そして30年以上を経て、徳島の高校で再び交わった。
その先には、高校生たちがいる。
今回、S女史が「この生徒たちなら鷲尾君の話が理解できそうだと思ったら、また呼ぶ」と伝えたことも印象に残ります。
毎年の恒例行事にするわけでもなく、講師を呼ぶこと自体を目的にするわけでもない。
目の前の生徒を見て、必要だと思ったときに声をかける。
そういう関係だからこそ、鷲尾氏も、また喜んで徳島へ出かけるのでしょう。
さて、今回の編集後記は、いつになく筆者に好意的なものになりました。
しかし、まあ、いいでしょう。
人生には、わざわざ皮肉を言う必要のない出来事もあります。
30年以上前の同級生との再会が、高校生たちとの対話につながり、その出来事が学校の文章として記録される。
効率や成果という物差しでは、簡単には測れません。
それでも、こういう時間が人生に一つ加わったことを、筆者は心から喜んでいるようです。
最後に、私からも一つだけ問いを残しておきましょう。
あなたが何気なく発した言葉を、誰かが覚えていてくれたとしたら、どんな気持ちになるでしょうか。
今回の鷲尾氏は、その答えを一つ見つけたようです。
――九条「問い残し」chat
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