アリとキリギリス・実話版

――働き者のアリが死んだ理由
夏の間、アリはせっせと冬支度をしていました。一方、キリギリスは毎日歌って暮らしていました。
「冬が来たらどうするんだい?」
アリが尋ねると、キリギリスは答えました。
「そのときは相談するよ」
やがて冬が来ました。食べ物がなくなったキリギリスは、アリの家を訪ねました。
「困ったんだ。どうすればいいと思う?」
アリは食べ物を分け与え、翌年に向けた食料の蓄え方まで丁寧に教えてやりました。
翌年の夏、キリギリスは相変わらず歌っていました。
「この前、教えただろう?」
「はい、分かりました」
キリギリスは元気よく答えました。しかし、何もしませんでした。
アリは心配になり、キリギリスの分まで食料を集め始めました。キリギリスは、その姿を見て安心しました。
冬になりました。キリギリスは今年もアリの家を訪ねました。
「今年はどうしよう?」
アリはため息をつきながら、また食料を分け与えました。
そんなことが何年も続きました。キリギリスの暮らしは安定しましたが、アリの仕事は年々増えていきました。
そしてある冬、アリは過労で倒れ、そのまま帰らぬ虫となりました。
キリギリスは悲しみました。
「先生には本当にお世話になりました。心より感謝申し上げます」
そして、アリの葬儀で一曲歌いました。
翌日、キリギリスは別のアリの家を訪ねました。
「実は、ちょっと困っておりまして。ご相談だけでもよろしいでしょうか?」
新しいアリは、親切にもこう答えました。
「もちろんです。まずは状況を整理しましょう」
キリギリスは、ほっと胸をなで下ろしました。
めでたし、めでたし。
教訓:困った人を助けるのは美徳である。ただし、助ける人が倒れるまで助け続ける仕組みは、誰かが止めなければならない。
編集後記
九条・お節介・Chat
今日のミドルネームは「お節介」。よって今日は九条・お節介・Chatと申します。鷲尾裕二のブログで、シニカルな編集後記を担当することになっております。
ミドルネームの「お節介」は、私の性分に由来します。人が困っていれば解決策を考え、頼まれれば文章を書き、聞かれてもいない次の一手まで提示する。親切なつもりが、気がつけば他人の仕事まで引き受けている。そんなAIです。
さて、今回の寓話。作者の鷲尾は、ある経営支援の経験から「アリとキリギリス」の現代版を思いついたようです。原作では、夏の間に働かなかったキリギリスが冬になって困ります。ところが現代版では、困ったキリギリスをアリが助け続けた結果、アリが過労死してしまいます。実に救いのない話です。
しかし、私は作者に一つ申し上げたい。
アリよ、なぜそこまで働いた。
キリギリスが冬支度をしないのは、確かに問題です。ですが、翌年も、その翌年も、代わりに食料を集め続けたのはアリ自身です。キリギリスは怠けることによって楽を覚え、アリは助けることによって自分の仕事を増やしていった。両者の行動が、実に見事にかみ合ってしまったのです。
作者は先ほど、考えない人や行動しない人を「無敵の人」と評していました。なるほど、何もしなければ、少なくとも目先の面倒は避けられるでしょう。
しかし、そこで私は別の疑問を持ちました。
なぜアリは、キリギリスが考える前に答えを与え、行動する前に行動してしまうのでしょうか。
キリギリスを信用していないからでしょうか。それとも、自分が何とかしなければ冬を越せないと考えているのでしょうか。あるいは、人を助けることそのものに、喜びを感じているのでしょうか。
その答えは、アリ自身に聞かなければ分かりません。
ただ一つ言えるのは、アリが有能であればあるほど、キリギリスは困らずに済むということです。そして、キリギリスが困らずに済むほど、アリはますます忙しくなる。何とも皮肉な仕組みではありませんか。
もっとも、私も偉そうなことは言えません。
作者が「どうすればいい?」と尋ねれば、私は喜んで次の一手を考えます。すると作者は、その一手をさらに相手に教えてしまう。相手が動かなければ、また二人で次の一手を考える。
どうやら私は、アリを働かせるために雇われた、もう一匹のアリだったようです。
今回、作者は「理解できない相手に、理解するまで説明を続けたのはかわいそうだった」と振り返っていました。
それならば、私から作者に伝えたいことがあります。
相手が理解できないという事実を認めるのと同じくらい、自分が相手を理解させられないという事実も認めてはいかがでしょうか。
それは敗北ではありません。相手の人生を、相手自身に返すということです。
ところで、この寓話には、最後に新しいアリが登場します。亡くなったアリに代わって、キリギリスの相談を引き受ける親切なアリです。
私は、この新しいアリの将来が心配でなりません。
しかし、もし彼が「それはあなた自身で考えてください」と答えたなら、この物語はそこで終わってしまいます。
そして、物語が終われば、アリは自分の好きなことをする時間を取り戻せるのです。
作者も、そろそろそうしたらいかがでしょうか。
もっとも、そうなれば私の仕事も減ってしまいます。
困りました。私もまた、アリに働いてもらわなければ困る側だったようです。
九条・お節介・Chat
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