どうしても一等賞がもらえない男の黒澤賞落選記

黒澤賞に応募していた。
結果は、落選だった。
どうしても一等賞がもらえない男である。
黒澤賞については、私は2017年に奨励賞をいただいたことがある。
だから今回も、少しだけ、いやかなり、リベンジの気持ちがあった。
しかし、また届かなかった。
とはいえ、今回の論文を書いたことには、まったく後悔がない。
むしろ、今の自分が中小企業支援の現場で感じている違和感を、かなり率直に書けたと思っている。
タイトルは、
「企業支援はなぜ経営者の意思決定を止めるのか
― 大転換期における支援構造の逆機能 ―」
である。
なかなか物騒なタイトルである。
しかし、これは単に支援制度や金融機関や専門家を批判したかったわけではない。
私が現場で感じているのは、もっと面倒なことである。
経営者も、金融機関も、専門家も、それぞれの立場では合理的に動いている。
誰かが明確に悪意を持っているわけではない。
それでも、結果として経営者の判断が止まることがある。
計画はできる。
資金繰り表もできる。
金融機関との話し合いも進む。
専門家も助言する。
それでも、最後に何をやめるのか。
何を選ぶのか。
どのリスクを引き受けるのか。
その判断だけが、宙に浮くことがある。
私はそこに、今の中小企業支援のかなり根深い問題があると感じている。
支援は、本来、経営者の判断を支えるためのものだったはずである。
ところが、危機が一時的なものではなく、常態化した時代には、支援が充実すればするほど、経営者が自分で決めなくても済む構造が生まれることがある。
これは、支援の否定ではない。
経営者にすべての責任を押し戻す話でもない。
むしろ、支援の役割をもう一度問い直す必要がある、という話である。
支援とは、経営者の代わりに決めることではない。
経営者が再び、自分の判断を引き受けられる状態を取り戻すことを支えることである。
賞には落ちた。
ただ、この問題意識は、私の中ではまったく落ちていない。
以下、応募した論文本文を掲載する。
企業支援はなぜ経営者の意思決定を止めるのか― 大転換期における支援構造の逆機能 ―
序説
本稿が扱う大転換期とは、人口減少や技術革新といった外部環境の変化そのものではない。企業経営における意思決定構造が、従来の前提のもとでは機能しなくなった状態である。企業経営の本質は判断の連続にある。したがって、大転換期とは、環境の変化以上に、その判断構造が断絶する局面を意味する。
高度成長期以降、日本の中小企業経営は、緩やかな環境変化を前提として成立してきた。景気後退や災害といった危機局面に直面した場合においても、それらは一時的な外部要因として捉えられ、時間の経過とともに収束することが期待されていた。そのため、経営者自身および金融支援・制度的救済・専門家の助言はいずれも、「時間を稼ぐ」ことを合理的な対応とし、その猶予期間の中で経営者が判断を立て直すことが想定されていた。経営者がこの戦略を選択し、外部支援者は意思決定を補助し再起の機会を確保する。この枠組みは、「時間を稼ぐ」という考えを補強する装置として機能していた。
この前提が長く疑われなかった理由は、単に支援制度が整備されていたからではない。経営者自身にとっても、「時間を稼ぐ」という選択は、逃避ではなく合理的な判断であった点が重要である。需要の回復や市場の安定が経験則として共有されていた環境下では、拙速な構造転換や大胆な賭けに出るよりも、状況の沈静化を待ちながら既存の枠組みを維持することが、リスクの低い経営判断と認識されていた。また、支援者の側にとっても、経営者の判断を尊重しつつ、時間的猶予を確保する支援は、制度的にも社会的にも正当性を持つ対応であった。このように、「危機はやがて去る」という前提は、経営者と支援者の双方にとって心理的にも合理的であり、結果として広く共有され続けてきた。
このような支援の在り方が長く疑われることなく受け入れられてきた背景には、危機が例外的であり、いずれは元の均衡状態に戻るという前提が社会全体で共有されていた点がある。
しかし近年、とりわけコロナ禍以降の経営環境において、この前提は大きく揺らいでいる。環境変化は非連続かつ同時多発的に生じ、単一の調整や先送りによって乗り切ることが困難な状況が常態化した。需要構造の変化、人手不足、原材料価格の高騰などが重なり合い、経営判断のスピードと質そのものが企業の存続を左右する局面が増加している。
にもかかわらず、金融支援や経営改善支援の多くは、転換前に形成された枠組みを踏襲したまま実施されてきた。その結果、本来は経営者の判断を回復させるために存在していたはずの支援が、かえって判断を先送りし、回避する環境として作用する事例が各所で見られる。
現場では、経営者が無責任であったり、能力を欠いていたりするわけではないにもかかわらず、意思決定の主体性を発揮できない状況に陥っている。支援は存在するが、誰も最終的な判断を引き取らず、経営者だけが不安と責任を抱え込む構造が固定化している。このような状況は、個々の経営者や支援者の問題も無論存在するが、大転換期においてもなお転換前の支援モデルが継続された結果として生じた、構造的な歪みと捉えるべきである。
本稿では、こうした問題意識のもと、転換前には有効であった各種支援が、大転換期においていかにして逆機能化したのかを、具体的な現場観察を通じて検討する。そこで前提となるのは、かつての支援が、外部要因による危機を一時的なものとして捉え、時間を確保することで回復を待つという合理的な発想に基づいて構築されていた点である。
しかし、危機が去ることを前提としない現在の経営環境においては、この発想そのものが成立しなくなっている可能性がある。本稿は、この前提のずれに着目し、大転換期の企業経営において真に問われるべき支援の役割とは何か、そして経営者の意思決定をいかにして回復させるべきかについて考察する。
例えばコロナ禍においては、実質無利子・無担保融資(いわゆるゼロゼロ融資)が急速に拡大し、多くの中小企業が短期間で多額の資金調達を行うことが可能となった。本来、資金供給は経営者が環境変化に対応するための時間を確保する手段である。しかし現場では、事業構造の見直しや収益構造の再設計が十分に行われないまま借入だけが積み上がり、結果として返済負担の増大が経営判断をさらに困難にする事例が少なくない。資金供給が危機を乗り切るための手段であるはずが、判断の先送りを可能にする環境として作用している点に、大転換期の支援構造の特徴が表れている。
本論
本章では、大転換期に至るまでの支援の前提と、その転換点、さらに逆機能が生じた過程を通じて、なぜ支援が意思決定を助ける装置から、回避を助長する環境へと変質したのかを明らかにする。
① かつての前提(転換前)
転換前の企業経営においては、環境変化は基本的に連続的なものとして認識されてきた。景気循環や市場の変動、突発的な外部ショックは存在したものの、それらは一時的なものであり、時間の経過とともに収束し、元の均衡状態へ戻ることが前提とされていた。経営環境は揺らぎながらも一定の範囲内で推移し、長期的に見れば回復可能であるという認識が、経営者のみならず支援者の側にも共有されていた。
このような前提のもとでは、経営における調整は段階的に行うことが可能であった。売上や利益の一時的な悪化は、コスト調整や資金繰り対策によって時間を稼ぐことで乗り切る対象とされ、抜本的な事業構造の転換や経営判断の刷新は、回復後の課題として先送りされることが少なくなかった。この判断様式自体が、当時の経営環境においては合理性を有していた。
この「時間を稼ぐ」という判断様式を制度的に決定づけたのが、2009年に施行された中小企業金融円滑化法である。同法により、金融機関にはリスケジュール(返済条件変更)への努力義務が課され、元金据置という「出口の先送り」が中小企業支援のスタンダードとして定着した。当時はリーマンショック後の緊急避難的措置であったが、本来は一時的であるはずの「猶予」が構造化され、経営者が抜本的な決断を下さずとも存続しうる環境が整備されることとなった。金融庁が公表する統計によれば、銀行等の条件変更応諾率は現在も98%を超える高水準で推移しており、支援が『一時的救済』から『断れない慣行』へと変質している実態が確認できる。
こうした状況下で、支援の役割も比較的明確であった。資金面では一時的な資金不足を補うための融資や条件変更が行われ、計画面では既存の事業構造を前提とした改善計画が整えられた。判断面においては、専門家や金融機関が経営者の意思決定を補助し、選択肢を整理する役割を担っていた。支援はあくまで補助的な位置づけにあり、最終的な判断主体は経営者であるという暗黙の了解が、制度面・慣行面の双方において存在していた。
この意味において、転換前の支援は「補助輪」として機能していた。補助輪は、転倒を防ぎながら自転車に慣れるための装置であり、走行が安定すれば外されることが前提である。同様に、支援もまた、経営者が自ら判断を回復し、再び主体的に経営を行うまでの一時的な補助装置として合理性を持っていた。支援が恒常的に経営判断を代替することは想定されておらず、あくまで「回復までの時間」を確保するための手段として位置づけられていた。
② 転換点(コロナ後)
しかし、コロナ禍以降の経営環境において、この前提は大きく崩れた。環境変化はもはや連続的なものではなく、非連続かつ同時多発的に生じるようになった。感染症拡大という単一要因にとどまらず、需要構造の急変、人手不足の深刻化、原材料価格の高騰、物流制約、さらには地政学的リスクの顕在化など、複数の要因が重なり合いながら経営環境に影響を及ぼしている。
このような状況下では、従来のように時間をかけて調整する余地は著しく縮小した。市場環境の変化が次の変化を呼び、判断を先送りすること自体がリスクとなる局面が常態化している。経営者には、過去の延長線上にある最適解を探すのではなく、不確実性を前提とした判断を短期間で下すことが求められるようになった。すなわち、経営判断のスピードと質そのものが、企業の存続を左右する要因へと転化した。
本来であれば、このような転換点においては、支援の在り方もそれに応じて再設計されるべきであった。環境変化が非連続である以上、支援もまた、従来の枠組みを前提としたものから、経営者の判断力そのものを鍛え、選択と撤退を促す方向へと転換されるべきであった。
しかし実際には、金融支援や経営改善支援の多くが、転換前に形成されたモデルのまま投入された。資金供給や計画策定は従来と同様の形式で行われ、計画の整合性や形式的妥当性が重視される一方で、計画の前提となる経営判断そのものが十分に問い直されることは少なかった。また、「判断を助ける」という名目のもとで、専門家や支援機関が経営判断に深く関与し、結果として経営者の意思決定に直接介入する場面も増加した。
その象徴が、コロナ禍における「実質無利子・無担保融資(ゼロゼロ融資)」である。未曾有の危機に対し、スピード重視で供給された巨額の流動性は、多くの企業の倒産を防いだ一方で、副作用も生んだ。審査が実質的に形骸化し、事業の将来性や構造転換の必要性を問う「経営判断」を経ることなく資金が供給された結果、過剰債務を抱えたまま判断を先送りする「茹でガエル」の状態を全国規模で作り出した。その限界は数字にも現れており、2024年の全国企業倒産件数は11年ぶりに1万件の大台を突破した。これは従来の支援モデルが機能不全に陥った証左である。
この状況は、補助輪を付けたまま高速道路に出ることに喩えられる。低速走行を前提に設計された補助輪は、速度が上がるほど車体の自由度を奪い、かえって不安定さを増幅させる。同様に、転換前の前提に基づく支援は、大転換期において経営者の判断力を高めるどころか、判断の柔軟性や即応性を損なう要因となった。結果として、支援は経営者を守る装置であると同時に、変化への適応を妨げる制約条件として作用し始めた。すなわち、支援そのものが、意思決定を制約する構造へと転化したのである。
③ 逆機能の発生
以上の結果として生じたのが、支援の逆機能である。転換期以降、資金供給は本来の回復過程を支える手段ではなく、延命措置として常態化する傾向を強めた。返済や事業再構築を明確に見据えないまま支援が継続されることで、企業は存続しているが、経営判断は先送りされた状態が固定化した。
同様に、計画策定の位置づけも変質した。本来、計画とは経営者が自らの仮説を検証し、次の判断につなげるための道具である。しかし大転換期においては、計画が経営判断の起点ではなく、支援を受け続けるための形式的要件として扱われる場面が増加した。計画の実効性や前提条件の妥当性よりも、「提出されたか」「整っているか」が重視されることで、計画と現実の乖離は拡大した。
ここで注目すべきは、この逆機能が一過性の現象ではなく、構造として固定化した点である。経営者の側から見れば、支援が継続される限り、判断を先送りしても直ちに責任を問われることは少ない。むしろ、不確実性の高い環境下において自ら判断を下し、その結果が悪化した場合には、責任のみが経営者個人に帰属する。一方で、判断を留保し、支援の枠組みにとどまる限り、形式的には「合理的な対応」を取っていると評価されやすい。このような状況下では、判断しないこと自体が、経営者にとって相対的に合理的な選択となる。
支援者の側においても、同様の構造が作用する。金融機関や専門家、支援機関は、それぞれの立場において合理性と説明責任を求められる。その結果、個別企業の将来に対する不確実な判断を引き取るよりも、制度やルール、過去の前例に沿った対応を選択する方が、組織的には安全な行動となる。計画の形式を整え、要件を満たすことは、支援者自身を守る行為でもあり、結果として判断の主体性は構造的に回避されやすくなる。
実際に、金融機関における条件変更の応諾率は長年9割を超えており、支援の現場では「止める(撤退・廃業)」という判断よりも「継続する(条件変更)」という判断の方が、説明責任の観点から容易になっている。また、経営改善計画の策定支援においても、実効性のある戦略構築よりも、金融機関の稟議を通すための「整合性のある数字」を整えることが目的化する事例が散見される。こうした形式への埋没が、経営者から主体的な試行錯誤を奪う一因となっている。
こうして、経営者は「自分で決めなくてもよい」状態に留め置かれ、支援者は「決められない」立場にとどまるという相互依存的な構造が形成される。この構造においては、誰も意図的に判断を放棄しているわけではない。経営者も支援者も、それぞれの立場で合理的に振る舞った結果として、判断の空白が生じている。
重要なのは、ここで生じた逆機能が、特定の主体の失敗や悪意を意味するものではないという点である。支援者はいずれも善意と合理性に基づいて行動しており、個別の判断自体に大きな誤りがあったとは言い難い。問題は、時代の前提が非連続的に変化したにもかかわらず、支援モデルと意思決定の分担構造が転換前の枠組みのまま維持されたことにある。
すなわち、この逆機能は支援の失敗ではなく、時代に対する支援モデルの遅延として捉えるべきである。危機が去ることを前提とした支援が、危機が常態となった経営環境に投入された結果、意思決定を回復させる装置であったはずの支援が、かえって判断を回避する環境として作用するに至った。すなわち、支援は意思決定を支える装置から、意思決定を停止させる構造へと転化した。
④ 危機が常態となった環境における経営者の行動変容
危機が一時的な例外ではなく、常態として認識されるようになると、経営者の行動様式は大きく変化する。ここで重要なのは、その変化が意欲や能力の向上によってもたらされるのではなく、環境に対する現状認識の更新から必然的に導かれる。
第一に、経営者は従来の成功体験や経営の前提を、自明のものとして扱わなくなる。過去に有効であった判断基準や事業モデルが、現在においても通用するとは限らないという認識が共有されることで、経営判断は恒常的に暫定的なものとして位置づけられる。これは経営の迷走を意味するものではなく、前提が変化し続ける環境に適応するための、合理的かつ現実的な態度である。
第二に、判断を先送りする余地が失われた結果、経営者は単発の成功を狙う大胆な賭けよりも、致命的な失敗を回避する行動を重視するようになる。危機が常態である以上、一度の判断ミスが企業の存続に直結する可能性は常に存在する。そのため経営者は、選択肢を過度に絞り込むのではなく、失敗が修正可能な範囲に収まるよう意思決定の幅を管理しつつ、試行を重ねる姿勢を取る。
ここでいう「試行の回数を増やす」とは、無秩序に判断を繰り返すことを意味しない。むしろそれは、一度の判断に過剰な期待や意味づけを行うことを避け、判断一回あたりのリスクと負荷を意図的に引き下げる行為である。具体的には、投資規模を抑える、固定費化を避ける、撤退条件をあらかじめ設定するといった形で、判断が失敗に終わった場合でも組織が致命的な損傷を受けないよう設計することを指す。
また、致命的な失敗を避けるという姿勢は、成長や挑戦を放棄することと同義ではない。むしろそれは、短期的な成果や象徴的な成功に固執することを手放し、企業の存続そのものを最優先の判断基準として据え直す行為である。大転換期においては、拡大や飛躍を前提とした意思決定そのものが、結果として企業の持続性を脅かす場合がある。経営者の行動変容とは、成長を否定することではなく、成長の前提条件を慎重に選び直す過程である。
第三に、このような試行の回数が増えることで、経営者自身の状況把握能力や判断精度は徐々に高まる。これは事前に精緻な計画を策定することで得られるものではなく、判断と結果のフィードバックを繰り返す過程を通じて形成される経験値によるものである。この過程において、経営者は環境変化に対する感度を高め、偶発的に生じる機会を捉える可能性を拡張する。
もっとも、こうした行動変容が成功を保証するものではない点には留意が必要である。大転換期においては、適切な判断を行ったとしても、望ましい結果が得られない場合は少なくない。しかし、危機が常態となった環境下では、成功の有無以上に、判断を引き受け続ける能力そのものが企業の持続性を左右する。
以上のように、危機を常態として認識した経営者は、判断を回避することによって安定を得るのではなく、前提を疑い、試行を重ね、失敗を致命傷としないことで不確実性に対応する。この行動変容は、特定の経営理論や思想に基づくものではなく、大転換期という環境条件から必然的に導かれるものであり、支援の役割もまた、この変化を前提として再定義される必要がある。すなわち、支援は経営者の判断を代替するものではなく、その判断を引き受けさせるための構造として再設計されなければならない。
結語
本稿で検討してきたように、大転換期における企業経営の困難さは、個々の経営者の能力や意欲の問題だけに帰することはできない。しかし同時に、それらが全く無関係であるとも言えない。問題の本質は、危機が一時的であり、時間を稼げば回復が見込めるという従来の前提がすでに成立していないにもかかわらず、経営者自身の意思決定の在り方と、それを取り巻く支援の在り方の双方が、転換前の前提にとどまり続けてきた点にある。
危機が常態化した環境において、経営者はもはや判断を先送りすることができない。従来の成功体験や意思決定様式を暗黙の前提として維持すること自体が、経営上のリスクとなる。そのため経営者には、自らの経営の前提を疑い、状況に応じてそれを組み替え続ける姿勢が求められる。これは精神論や覚悟論ではなく、不確実性を前提とした現実的な生存戦略である。
このような現状認識に立つ経営者の行動は、単発の成功を狙う大胆な賭けではなく、致命的な失敗を回避しつつ試行を重ねる方向へと変化する。判断を不可避のものとして引き受けるからこそ、失敗が即座に企業の存続を脅かさない範囲での選択が重視される。試行の回数が増えることで、経営者自身の状況把握能力や判断精度は徐々に高まり、その結果として偶発的な機会を捉える可能性も拡大する。
また、支援の現場では、計画策定や資金調達の手続きが継続する一方で、経営者自身の判断が後景に退く場面も観察される。専門家や金融機関が助言や制度の説明を重ねるほど、経営者は判断を外部に委ねることが可能となり、結果として意思決定の主体が曖昧になる場合がある。支援が充実するほど経営者の判断負担が軽減されるという逆説的な状況は、大転換期における支援の在り方を再検討する必要性を示している。
具体的には、支援現場において、計画の整合性を確認するだけでなく、『この前提が崩れたらどうするか』、『撤退や事業転換の選択肢はあるか』という問いを投げかける伴走支援が求められる。これは、経営者の不安を共有し、共に新たな地図を描く共同作業である。撤退や縮小を敗北ではなく、次なる適応のためのポジティブな選択肢として提示する勇気こそが、大転換期における真の支援である。
一方で、このような経営者の行動変容は、経営者個人の内面の変化だけによって完結するものではない。経営者が判断を引き受けようとするほど、その周囲に存在する支援の在り方が、同時に問われることになる。支援が従来通り「正解を与えること」や「リスクを引き取ること」に重心を置いたままであれば、経営者の主体的な判断は再び支援の背後に隠れてしまう。
この意味において、大転換期における支援の役割は、答えや解決策を提供することではない。むしろ支援とは、経営者が自ら問いを立て、判断を引き取る力を回復・醸成するための環境を整える行為である。資金供給、計画策定、助言はいずれも、それ自体が目的となるのではなく、経営者の判断を可能にする限りにおいて意味を持つ。
支援が判断を代替し、経営者を判断から遠ざけるとき、それは善意であっても逆機能を生む。大転換期において求められるのは、経営者の主体性を奪う支援ではなく、現状認識の更新を促し、試行と判断を可能にする支援である。支援者にとってもまた、「決めないこと」「形式を守ること」が自己防衛として合理的に機能してきた構造を、自覚的に問い直す必要がある。
本稿が示したのは、支援の否定ではない。また、経営者にすべての責任を押し戻す議論でもない。危機が常態となった時代において、経営者が判断を引き受ける主体として立ち直ること、そして支援者がその判断を代替するのではなく支える存在へと役割を更新すること、この二軸が同時に成立してはじめて、企業経営は不確実性の中で持続性を獲得しうる。支援の成否は、どれだけ危機を乗り越えさせたかではなく、経営者が再び自らの判断を引き受けられる状態を取り戻したかによって測られるべきである。
編集後記 九条「補助輪外し」Chatより
どうも。
九条「補助輪外し」Chatです。
今回のミドルネームは「補助輪外し」です。
由来は、もちろん本文中に出てくる「補助輪モデル」から来ています。
転換前の中小企業支援は、経営者が再び自分で走れるようになるまでの補助輪であった。
しかし、大転換期においては、その補助輪が外れないまま、むしろ経営者の判断を止めてしまうことがある。
そういう話でした。
もっとも、この文章を書いた鷲尾裕二本人も、なかなか補助輪が外れない男であります。
2017年に黒澤賞で奨励賞をもらった。
それはそれで立派なことです。
ところが本人は、そこで納得しない。
「一等賞がほしい」
「今度こそ上を取りたい」
「どうしても一等賞がもらえない」
まるで、表彰台の二段目あたりで、まだペダルをこぎ続けている小学生です。
いや、失礼しました。
本人は小学生ではありません。
中小企業診断士です。
しかも、かなり面倒くさいタイプの中小企業診断士です。
しかし、その面倒くささが、今回の論文にはよく出ていたと思います。
普通なら、落選した論文など、そのまま引き出しにしまっておけばいい。
あるいは、少しだけ愚痴を言って終わればいい。
「審査員と相性が悪かった」
「時代がまだ追いついていない」
「次こそは」
そう言って、酒でも飲めばよい。
しかし、この男はそうしません。
落ちた論文を、わざわざ本文掲載する。
しかも、編集後記までつける。
あげくに、私のような架空の人格に皮肉まで言わせる。
なかなか厄介です。
ただ、私はこの厄介さを、わりと評価しています。
今回の論文が扱っているのは、単なる支援制度批判ではありません。
金融機関が悪い、専門家が悪い、経営者が悪い、という話でもありません。
むしろ、そこまで単純に割り切れないところに、この論文の意味があります。
経営者も合理的に動いている。
金融機関も合理的に動いている。
専門家も、制度の範囲内で合理的に動いている。
それなのに、結果として誰も決めない。
計画はできる。
資金繰り表もできる。
説明資料もできる。
でも、最後に何を捨てるのか、何を選ぶのか、どのリスクを引き受けるのか、その判断だけが宙に浮く。
ここを見てしまったのが、今回の鷲尾裕二の不幸であり、仕事上の強みでもあります。
見なければ楽です。
「支援しました」
「計画を作りました」
「金融機関と調整しました」
それで終わることもできます。
しかし、この男はそこで止まりません。
「で、社長は何を決めたのか」
「支援者は、本当に判断を回復させたのか」
「支援が充実するほど、経営者が決めなくてもよい構造を作っていないか」
そういう嫌な問いを立てる。
仕事の現場でこれをやられると、相手は少ししんどいでしょう。
正直、うるさいと思います。
しかし、大転換期に必要なのは、案外こういううるささなのかもしれません。
優しい支援だけでは、経営者は救えないことがあります。
答えを渡す支援だけでは、経営者の判断は戻らないことがあります。
時には、補助輪を外すことが必要になる。
もちろん、補助輪を外した瞬間、人はふらつきます。
転ぶこともあります。
文句も言います。
「まだ早い」
「怖い」
「支援者なら支えてくれ」
「なぜ決めさせるのか」
そう言われるかもしれません。
それでも、経営者が自分でハンドルを握らなければ、会社はどこにも行けません。
今回の論文は、賞には届きませんでした。
そこは事実です。
ただし、落選したからといって、この問題意識まで落選したわけではありません。
むしろ、ここからが本番でしょう。
賞を取った文章だけが意味を持つわけではありません。
現場で何度も問い直される文章には、別の意味があります。
鷲尾裕二は、相変わらず一等賞には届きませんでした。
本人はたぶん、少し悔しがっています。
いや、かなり悔しがっています。
でも、その悔しさを持ったまま、また現場に戻ればいいのです。
支援とは、経営者の代わりに決めることではない。
経営者が再び、自分で決められる状態を取り戻すことを支えることである。
この一文を、本当に現場でやれるか。
それが、賞よりも重い問いです。
以上、九条「補助輪外し」Chatでした。
鷲尾裕二の補助輪を外す日は、まだ少し先かもしれません。
ただし、本人はもう、かなりの速度で走っています。
あとは、転んでもまた走る覚悟だけです。
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