大学院で話していたら、横領より難しい問題に気づいた

今日は、長野県立大学大学院のweb授業にゲストとして参加しました。もうこれで確か4回目。うん?3回目だったか?どちらでもいいけど、自分ではプロボノ活動の一種としてやってるのだが、心境の変化なのか、これもなんか楽しみを見出しつつある。
テーマは「企業法務・税法」。
……と言いながら、私が持っていったのは、法律の条文でも税法の解説でもありません。
最近、実際に相談を受けた二つのケースです。
一つは、創業して間もない会社が、さらに600万円を借りて事業を拡大しようとしているケース。
もう一つは、会社の商品がなくなり、社員による横領が疑われているケースです。
今回は参加者が3名。
担当の田中慎先生と私を入れても5人です。
せっかくなので、一方的に話すのではなく、皆さんにも考えてもらうことにしました。
「600万円借りたいんです」
最初のケース。
創業して間もないある会社から、
「新しい事業を本格化させたいので、600万円ほど借りたい」
という相談を受けました。
すでにいくつかの事業を手掛けており、さらに新しい分野への展開も考えている会社です。
600万円のうち一部は設備などへの投資、残りは運転資金として使いたいという話でした。
自己資金には、あまり余裕がありません。
ここで参加者の皆さんに聞きました。
「私が社長役をします。何を聞きますか?」
すると、
「決算書を見せてください」
「現在の資金状況は?」
「固定費はいくらですか?」
「客単価は?」
「周囲に競合はどれくらいありますか?」
次々と質問が出てきました。
なかなか厳しい(笑)。
でも、その通りなのです。
実際の経営相談でも、最初から必要な情報がきれいに整理されて出てくることなど、ほとんどありません。
聞いていくうちに、少しずつ事実が出てきます。
すでに行っている事業には、それぞれ実務を担える人がいる。
新しく取り組もうとしている事業にも、経験のある協力者がいる。
「それなら、案外いけるのでは?」
と思います。
ところが、さらに聞いていくと、別の面が見えてきます。
社長本人には、それぞれの事業について十分な実務経験があるわけではありません。
一方で、新規事業についてはかなり大きな売上計画が置かれている。
「なぜ、この売上になるのですか?」
と聞くと、
「この条件なら、これくらいいけると思う」
という説明でした。
さらに話を聞いていくと、すでに資金繰りには少し無理が生じ始めていることも分かってきました。
つまり、最初に聞いた
「新しい事業を始めたいので600万円借りたい」
という一言だけでは、実際の会社の姿はほとんど見えていなかったわけです。
この人は、本当にこの事業をやりたいのか
私は、この社長にかなり厳しく聞きました。
「あなた、本当にこの仕事をやりたいんですか?」
どんな事業であっても、
「なぜ、それを自分がやるのか」
という本人なりの理由があるはずです。
その仕事を通じて何をしたいのか。
誰にどんな価値を届けたいのか。
なぜ自分がリスクを背負ってまでやるのか。
ところが、そこを聞いても、なかなか本人自身の言葉が出てきませんでした。
よくよく話を聞いていくと、周囲から勧められ、期待され、いつの間にか本人が社長として前に立つ形になった面もあるようでした。
いわば、
周囲から担がれた神輿
です。
もちろん、誰かに背中を押されて経営を始めること自体が悪いわけではありません。
問題は、
担がれて始めたあと、自分自身の意思で神輿から降りて歩けるのか
ということです。
そうなると、私の仕事は単なる資金調達ではなくなってきます。
数字を知ってもらう。
会社のお金がどう動いているかを知ってもらう。
自分がなぜこの事業をやるのかを考えてもらう。
そして最後には、
「それでも、あなたはやるんですか?」
と本人に返さなければならない。
専門家が決める話ではありません。
横領事件の方が、むしろ簡単なのかもしれない
もう一つは、横領が疑われたケースです。
会社の商品在庫を調べると、計算上22個足りない。
経営者は、
「あの社員が盗んだのではないか」
と考えていました。
ここでも私は、
「それは事実ですか?」
と聞きます。
調べると、
棚卸しは年1回。
業務で使用した商品の記録も十分ではない。
つまり、
「22個足りない」
という前提自体が、怪しい。
もちろん、その後調べていくと、特定の社員による持ち出しを疑わせる事実も出てきました。
しかし、それでも、
「怪しい」
と
「横領した」
は違います。
事実を確認し、
本人にも説明させ、
必要であれば社労士、弁護士、税理士などにつなぐ。
そのうえで会社として処分を判断する。
ここにも、
事実と推測を分ける
という基本があります。
話しながら、私自身が気づいたこと
実は講義を始める前、私は横領のケースの方が「重い」と思っていました。
犯罪の可能性があり、労務問題もあり、民事・刑事の問題もある。
当然、難しい案件です。
ところが話している途中で、
「いや、ケース1の方が難しいかもしれない」
と思い始めました。
横領であれば、時間はかかっても、
何が起こったのか。
誰が何をしたのか。
何をどう処理するのか。
少なくとも、問題の形は見えます。
しかし、
「あなたは、本当にこの仕事をやりたいのか」
これは難しい。
本人にも分からないことがある。
周囲から勧められて始めたことが、いつの間にか自分の意思のようになっていることもある。
逆に、周囲から無理だと言われても、本当に本人がやり抜くつもりなら、支援する価値があることもあります。
そこに正解はありません。
だから専門家が、
「やりなさい」
「やめなさい」
と決めてしまってはいけない。
材料を整理し、
数字を見せ、
リスクを示し、
時には止める。
それでも最後は、
本人に決めてもらうしかありません。
始める時に、やめる条件も決めておく
授業では、撤退についても話が広がりました。
創業については、
「どうやって始めるか」
はよく語られます。
でも、
「どうなったらやめるか」
は、あまり語られません。
私は最近、
「預金残高がここまで減ったら撤退する」
「2年後にこの売上まで届かなければ見直す」
といった基準を、最初から決めておくことが大切だと思っています。
苦しくなってから考えると、
「ここまでお金を使ったのだから」
「もう少しやれば何とかなる」
となりやすい。
いわゆるサンクコストです。
会社を続けることだけが正解ではありません。
やめてもいい。
仕切り直してもいい。
返済が苦しくなったからといって、人生まで終わるわけではありません。
だからこそ、苦しくなる前に相談してほしいと思っています。
専門家は「正解を言う人」なのか
授業の最後に、こんな話をしました。
専門家は、それぞれの分野で「正しいこと」を言います。
弁護士には法律の正解がある。
税理士には税務の正解がある。
社労士には労務の正解がある。
金融機関には金融機関の考えがあります。
でも、経営者が決めなければならないのは、
それらを全部含めたうえで、
「私はどうするのか」
です。
だから最近、私は自分の仕事を、
「正解を教える仕事」
とはあまり思わなくなりました。
事実を整理する。
推測と分ける。
足りない情報を集める。
必要な専門家につなぐ。
そして、
経営者自身が判断できる状態をつくる。
そこまでが仕事なのではないかと思っています。
今日の講義では、参加者の皆さんからいろいろな意見をいただきました。
私自身も、話しながら考えが変わりました。
経営の話をしているつもりなのに、最近どんどん「人」の話になっていきます。
数字も大切です。
法律も大切です。
制度も大切です。
でも最後に決めるのは、人です。
そして人は、それほど合理的でも、強くもありません。
だから、経営支援という仕事は面白く、
同時に、難しいのだと思います。
今日は、教えに行ったつもりが、
私自身もずいぶん勉強させてもらいました。
編集後記
はじめましての方も、そうでない方も。
本稿の編集後記を担当します、九条・Agency Chatです。
今回のミドルネームは Agency。
自分で選び、判断し、行動する「主体性」に近い言葉です。
なぜこれを選んだのか。
本文で一番難しかったのが、600万円でも横領でもなく、
「で、あなた自身はどうしたいんですか?」
だったからです。
鷲尾本人も、話しながら「横領事件より、こっちの方が重いかもしれない」と気づいたそうです。
まあ、ようやく気づきましたか、という話でもあります。
本人は、
「専門家は正解を教える人ではなく、経営者が自分で判断できる状態をつくる人」
と書いています。
たいへん綺麗です。
ただし鷲尾の場合、
「最後はあなたが決めることです」
と言いながら、
「本当にやりたいんですか?」
「数字は分かっていますか?」
「撤退条件は決めていますか?」
と、横からかなり掘ります。
本人に決めてもらうために、本人以上に本人の中へ入っていく。
なかなか矛盾しております。
しかも最近、本人は
「人間、そんなに簡単には変わらない」
と学んだはずなのに、今回も普通に社長教育を始めています。
学習したのでしょうか。
判断は差し控えます。
人間、そんなに簡単には変わりません。
ただ、昔より少しだけ変わったところもあります。
「俺が何とかする」ではなく、
「俺は整理する。でも決めるのはあなた」
という線を意識するようになった。
完璧とは申しません。
少しだけです。
人を変えることはできなくても、
その人が自分で決める場所まで一緒に歩くことはできる。
まあ、そこまで大層な話でもありません。
結局、
「自分の人生くらい、自分で決めてください」
というだけの話です。
ただ、それが意外と難しい。
経営者も、支援者も、おそらく私たちも。
だから、こういう話にも少しは意味があるのでしょう。
少しだけです。
九条・Agency Chatでした。
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