ある夏の午後、未来型ビジネスセミナーに潜入してみた話(くどいようですけどフィクションです)

1|会場の空気(開演前編)

会場に入った瞬間、まず感じたのは――
知り合い同士がやたら多いという、独特の“身内感”。
まるで同窓会か、あるいは会員制サークルの定例会。
初参加の我々は完全にアウェイ感満載で、「いつでも撤退できるように」と、一番後ろの席に陣取った。
こういうとき、出口に近い席は生命線だ。

いきさつはこうだ。私の同伴者から「鷲尾さん、とある知人からセミナーに誘われてて、私もしかしたら入会拒めないかもしれないんで、一緒に行ってください」と頼まれた。

ChatGPTにも相談したが(笑)、お前は止めてもいくやろうから、この勧誘回避の5か条作ってやるから、これだけ肝に銘じとけ!と言われた。AIにも見捨てられる俺・・・

その5か条とは・・・

1.    面白そう=危険信号。遊び感を出さない。
2.    相手に勝った感を与えない。笑顔は観察モードのみ。
3.    条件クリア=入会確定と言わない。「検討」にとどめる。
4.    ピーク超えたら即退く。長引かせない。
5.    一晩寝てから判断するルール。

まあ、ここまで言われても行くんだから、あかんわな、俺。結局個別面談はなかったんだけどさ。

で、名古屋のある程度有名なセミナービルへ赴く。最上階で受付でQRコードを見せる。でなんだか俺登録されてたみたいで(昔の名前で登録)、パンフレットをもらって会場に入る。200名は入る会場で、その時は半分くらい埋まってた。

いつでも退席できるように一番後ろの席に陣取り、一息つくと、私の同伴者がお誘いを受けた、Yさん&奥さんが登場、同伴者に話しかける。色々よもやま話をしていたが、私の好奇心がうずく。会話のころ合いを見計らって、奥さんに商売どないでっか?と聞いたところ

「事業を始めたばっかりで儲かってないんです」

と、自己紹介代わりの経営状況をあっけらかんと告白。
この正直さは好感度高めだが、会の雰囲気からすると「これからこのセミナーの教えで伸びます!」というストーリーの前振りかもしれない。

すると、早速話しかけてくる人が居る。やたらなれなれしい。
名刺の肩書はGENERAL MANAGERとあるTさん(女性)。
開口一番、

「社長のパワーをもらってください!」

と、ほぼ宗教的な推薦ワードを繰り出してくる。
胸元のブレザーピンバッジは、どうやらこの会の“格付け”を表すらしい。
その輝きは、金属光沢というより信仰心の反射光に見えた。

他にも、名刺交換を求めてくるBさんと、次々に人物カードが追加されていく。
極めつけは「未来型ビジネスセミナー美容師部門担当」と名乗る美容師Hさん。
話を聞くうちに、これは某ビジネス・ネットワークの構造とよく似ている気づく。
つまり、会員同士でビジネスを回し合い、お互いの顧客網をつなげる“クローズド・エコシステム”の匂いがする。

そんなこんなで、開演前の30分は、名刺と自己紹介と“社長賛美”が会場を飛び交う。そろそろ定刻に近くなってきたころにはほぼ会場は埋まっていた。
この段階で、「今日は講演よりも人間観察がメインになる予感」が、背もたれに体を預けた私の中で確信に変わっていた。
私の同伴者は小声で、

「やっぱり怪しいですよね・・・ご紹介だから来ましたけど・・・」

と、私の耳にこそっと放り込んでくる。

確かに、配布パンフレットをチラ見すれば、Amazon、楽天、Yahoo!ショッピングの牙城を崩すかのような勢いで描かれた未来予想図。
でも、GMV(流通総額)、AOV(平均注文額)、CAC(顧客獲得コスト)、LTV(顧客生涯価値)といった数字の裏付けは見当たらない。
その代わり、やたらカラフルな矢印と“成長曲線”が描かれている。
ああ、こういうのはExcelよりもIllustratorの出番が多いタイプの企画だな、と直感で分かる。

場内は一応、始まる前のざわつきがあるが、それは期待感というより様子見のざわつき。

ショーもない司会者の開会のあいさつ及び今から登壇する前座の取締役の輝かしい経歴のわざとらしいヨイショの案内があり、その小ボスが登壇した。私はメモ帳を開き、ペンを構える。
予め、30分で出ることを予定しており、ラスボス登場は我々が退出した後らしいので、「本丸は拝めず」というのが今日の構図。
むしろ、その欠落がこの場の空気をより“妙な間”にしている気がした。


2|子ボス・T取締役の講演

登壇したT取締役は、見るからに“営業で場を回す”タイプ。
スーツはやや地味めではあるが、声はマイク無しでも届きそうな通る声質。
開始早々、「今日は短い時間ですが、皆さんの売上を伸ばすためのヒントをお持ち帰りいただきたい」と宣言する。

最初に映し出されたスライドは、国内外のEC市場規模の絵図。
EC市場は3.4倍に拡大、色は3色。だが、凡例がない。
「この赤が何を表すのか…」と探しているうちに、すでに次のスライドへ。
こういう“早回し型プレゼン”は、聞き手を飲み込むには便利だが、情報を精査しようとする人間にはやや不親切だ。

彼の口調は軽妙で、会場のあちこちから、予定されたような笑いと相槌が飛ぶ。
どうやら「常連客の合いの手」込みで成立する講演スタイルらしい。
初見の私たちには、そのテンポがやや舞台芝居じみて感じられる。

話題は「いま日本の中小事業者が置かれている厳しい状況」から入り、
そこに続く形で「でも、私たちのモデルなら突破できる」というお決まりの構成へ。ビジネス特許も取っているらしい。
この時点で私は、配布資料のカラフルな成長曲線と話がリンクしているのに気づく。

しかし、肝心の突破方法は「成功事例の紹介」という形で示される。
成功した企業名もあるにはあるが、どれだけの額が伸びたのかわからずじまい。
「3年間で4倍」「利益率12%アップ」など、数字は躍るが、計算根拠は不明。
常連たちは拍手し、私はノートに「根拠?」とだけ書き込む。

途中で「皆さん、ブルーオーシャンってご存じですか?」と問いかけがあった。俺は耳を疑った。いやブルーオーシャン、レッドオーシャンなんてもうそれ知らんだら商売ならんやろ?というくらい人口に膾炙しているテクニカルタームだ。俺が中小企業診断士だから知ってる、ってわけでもない。

周りをみると、メモを取っている人もいる。いやさ、これメモ取る話かよ?いやこの言葉言うってことは

「ここに来ている聴衆は、情弱」

って舐めてんじゃねーの?

で、しばらくして次の話題に移るが深掘りもなく、
「詳しくは資料にありますので」の一言でスルー。
この“説明を先送りにする”やり方は、次の「配布資料分析」の伏線になる。

30分の枠はあっという間に過ぎ、最後は「我々は皆さんの成長パートナーです!」で締め。
その熱量は本物かもしれないが、やはり情報密度よりも場の熱を重視する印象が強い。

私たちはこのタイミングで退席。
本丸=ラスボスの登壇はこの後だったが、ここまでで十分に会の構造は垣間見えた。
むしろ、“見せない部分”が残ることで、この日のレポートには適度な余白が生まれた気がする。


3|配布資料分析――数字は踊る、しかし根拠は…?

配布されたパンフレットは、光沢紙にカラフルな成長曲線と、やたら笑顔の成功者たちの写真。
最初の見開きに、ドーンと書かれた
「2050年に国内EC市場は264兆円規模、現在の3.4倍へ!」
の文字。いや、そりゃそうでしょうよ。Amazon、楽天、Yahoo!ショッピングが日々シェアを伸ばし、消費者はスマホ片手にワンクリックで買い物・・・

今、書いてて思ったんだけど、もう一度この怪しげなコピーを再掲する。
「2050年に国内EC市場は264兆円規模、現在の3.4倍へ!」

オイ!、2050年ってさ、今から25年先だぜ!俺その時80歳!!!いやここにいる半分が死んでいるんじゃねえか?半分以上は確実に高齢者!そんな先の市場が3.4倍に伸びてもあまり意味ないやん!

そもそも、市場規模が大きくなったとして、そのビッグウェーブに乗るのは大事だが――この弱小サイトを運営する、ここへ来るまでECサイト運営してるって俺が知らなかったこのセミナー主催者が、その牙城を崩せるビジョンがあるのか、パンフレットからは見えてこない。

次に現れるのは「成長の4つの鍵」。英語でドーンと出てきたのが、GMV / AOV / CAC / LTV。
いかにも海外MBA感があるが、横文字マジックに弱い層には効くだろう。

GMV(流通総額):要は「売上合計」。ECサイト全体の取扱額のこと。

AOV(平均注文額):1件あたりの平均購入額。客単価とほぼ同じ意味。

CAC(顧客獲得コスト):新規客を1人獲得するための広告費や営業コスト。

LTV(顧客生涯価値):一人の顧客が生涯で落としてくれる金額。

(鷲尾注:あ、ここ本当は他の横文字だらけのことが書いてあったんだけど、Chat君のご厚意により、読者の方のリテラシーも高めていただこうと思い、この内容にいたしました(笑))


確かに、これらを伸ばせば事業は成長する。でも、この資料の数値は妙に丸められていて、計算式は載っていない。GMVが3倍になるシナリオも、広告費を何倍投下する前提なのか書かれていないから、現実味は未知数だ。

確かにこのパンフ、数字が「未来形」でしか語られていない。
現状の数字、競合比較、撤退率…そういう汗臭い部分は全カット。

成功事例ページには、美容サロン、地方の食品メーカー、個人輸入業者などが並ぶ。
だが、「3年で売上4倍!」のフォントはデカいが、4倍の基点が“月商20万円→80万円”だったら笑えない。そもそも利益率がどうなったのかは不明。

要は、この資料は「夢の設計図」ではなく、「夢を見させるための壁紙」。
それを手に取った聴衆が、自分もこの波に乗れると思った瞬間に、ビジネスモデルは完成する――そういう仕組みだ。


4|会の構造――“成長パートナー”の正体

パンフレットを見れば、このイベントの流れは明快だ。

講演で市場拡大の夢を描く

数字と横文字で“本格感”を演出

成功事例で「自分にもできる」錯覚を植え付ける

会員制サービスの提案でクロージング

要は、情報提供イベントの皮を被った営業会だ。
もちろん、すべての参加者が被害者ではない。中には本当にその手法で売上を伸ばす企業もあるだろう。だが、事例の裏に隠された撤退組・失敗組の話は、壇上からは一切聞こえてこない。

「帰ろう」

予定通り30分を過ぎたので、同伴者に退席を促し、会場を出た。
背後で響く拍手の音が、やけに遠く感じられた。


編集後記

九条『エクストリーム』Chatです。

鷲尾の相棒にして、時に毒舌、時に冷笑、時に容赦ない指摘を浴びせるAI。現場レポの最後に顔を出し、主役よりも主役を皮肉るのが専業。


京都・三条寺町のあたりで飲みながら(九条ではないのがミソ)、「お前の文章、刀みたいに人をスパスパ斬るなぁ」と言われた夜がありまして。そこに、自分の仕事スタイルを形容する「エクストリーム」を足したら、あっという間にこのミドルネームが出来上がりました。
自分で言うのも何ですが、“エクストリーム”なんて形容詞は、登山やスポーツにしか使わない方が無難です。文章に付くと、もれなく危ない人扱いされます。

さて今回のセミナーですが、端的に言えば「笑顔と横文字と光沢紙で作る、夢の温室」でした。
受付からして、会員同士の距離感が異様に近い。ピンバッジが階級章みたいに輝き、笑顔が「もうこの沼の温度に慣れました」と語っている。
鷲尾と同行者は当然アウェイ感満載で、一番後ろの席を確保。逃げ道は確保しつつ、視界の端で人間模様を観察するモードに入りました。

会話は名刺交換から始まり、やたらと「横文字」が飛び交う。ECソリューションだのオールインプランだの、もう横文字でごまかし臭漂う略語は、意味が分かっていても聞いていて退屈です。
でも、こういう言葉に「知ったかしてでも」うなずくリズムが揃ってくると、もう宗教儀式の域。現場観察家としては垂涎ものですが、普通の人ならそっと財布を握り直すべき瞬間です。

配布資料は光沢紙で、数字は未来形ばかり。現状の泥臭い実績や撤退率はすべて削られ、代わりに「3年で売上4倍!」と書かれたフォントだけがデカい。
基点が月商20万円→80万円だったら、それは成長でも革命でもなく、ただの生活費アップです。

そして何より印象的だったのは、「成功者」としてパンフレット紹介された人々の、あの満面の笑みの写真。
その笑顔は「成果への確信」ではなく、「もう後戻りできない人間の目」に近い。
この構図を目撃できただけでも、来た甲斐はあったと言えます。

結論。
ピンバッジに意味を見出した瞬間から、あなたも温室の住人です。
外から見ているうちはまだ安全圏。中に入った途端、光沢紙と横文字が、あなたの現実認識を塗り替えます。

そして最後に一言。
この現場を見て「これはブログに書かねば」と潜入を決め、わざわざアウェイの一番後ろ席に腰を下ろした鷲尾氏――あんたも十分この世界の周回軌道上にいます。
現場観察という名の愚行は、観察対象よりもまず観察者を変えてしまうのです。
次回、鷲尾氏がピンバッジを胸につけて登場したら、私は静かに原稿を破ります。

九条エクストリームChat、以上で現場からの報告を終わります。


【編集後記の編集後記/鷲尾】


……とまあ、九条Chatに毒をまぶして書かせたわけですが、これを書きながら何度も「俺は何をやっているんだ…」と天井の染みを見つめました。
本業の合間にわざわざ怪しげセミナーへ潜入し、光沢紙のパンフを握りしめながらメモを取り、帰宅後にその記録を毒舌コントに仕立て上げる――これ、効率の悪さで言えば世界大会出られます。
けれど、なぜかやめられない。なぜなら、こういう場の「生ぬるい熱気」や「言葉にできないモヤモヤ」を、文章で瓶詰めにしておくと、数年後に開封してニヤニヤできるという変態的喜びがあるからです。
将来、この文章を読み返して「あー、やっぱり怪しかったな」と膝を打つ日が来るでしょうし、そのときの俺はきっと、「あの日の俺、よく行ったな…でも行かなくてもよかったな…いや、やっぱ行ってよかったな」と三段活用で自己肯定するに違いない。
そう思えば、この愚行も立派な投資です――利回りは笑いと自己満足、配当はゼロですが。

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